君を愛せない理由を、二つ。
君が僕に似ているから。
僕が君と似てないから。
「…ティノル」
暑い日差し、木々の匂い、君が伝った汗を拭って、僕に問いかける。
彼の声を思い出す時真っ先に浮かぶのは、大抵鬱陶しそうに、時折何かにはしゃいだように僕の名を呼ぶ時のもの。不思議とその声だけが鮮明に蘇える。そうして雷にでも打たれたかのように、唐突に、“その時”に引き戻されるのだ。
なんだい、と僕が木陰から(そうだ、僕はこの時木陰でぼんやりとしていたのだ)返すと、彼は心底不服そうに手に持った斧の刃を僕に向けて突き出した。危ないよ、と僕が注意をすると、しぶしぶという感じに持ち手に向きを変えてから僕の方へと差し出す。こういうところが、彼の子供っぽくて素直な所。絶賛反抗期のように感じる彼の態度が、甘えからだということは言われなくてもわかってる。
「お前、いつまで俺にだけ薪割りさせて自分だけ木陰で休んでんだよ」
つまりは、差し出された斧はお前もやれとの意思表示らしい。彼は街の人に言わせると、文句ひとつ言わずに様々やってくれる、危なっかしいが気の付く優しい子だよ、ということらしい。その彼がこうして言ってくるということは、勿論相当の不服を感じているからなわけで。
「何言ってるの、若いんだからそれくらいお兄さまの代わりにやるのはとーぜん」
「…お前のこと兄とか思ったことほんとねーよ!」
しかも三つしか変わんねえじゃねえか、馬鹿!と彼が斧を下におろして反論する様が、とてもおかしい。僕はにこにこ笑って続けてやった。
「ご飯、いらないの?」
「…う」
「今日は君の大好きな、野菜スープに鶏肉のジンジャーソテー、焼き立てパン。デザートにプリンでもと思ってたのになあ」
「…ううう」
はっきりと感じた彼の抵抗の意思は、次第に真っ黒なその瞳からするすると抜け落ちて行く。僕のとはまた少し違う明るい茶髪は、項垂れると、燦燦と降り注ぐ太陽光が彼の髪を透き通った印象に変える。犬耳でもつけたら、尻尾でもつけたら、とても似合いそうだと思う。尻尾など無くとも、彼の感情は大抵わかりやすいのだけれど。
「ほら、わかったら、薪割り続行ー!あんなおっきな剣振りまわしてられるんだから、斧くらい余裕でしょ」
「うわあ、納得いかねえ…!」
やればいいんだろ、やれば!と呻いて再開する彼の動きは不服な感情を発散するように先ほどよりもさらに雑だ。あまり木陰で楽ばかりしていると、今度こそ本気で拗ねられかねない。読むでもなく開いていた本を仕舞って、笑いかけた。
「じゃあ、僕はディナーを獲ってくるよ」
すると少しはっとしたように、彼は僕を見た。手を止めて、暫くの沈黙の後嫌そうに顔を逸らす。
「…行ってらっしゃい」
「うん」
愛用の弓を手にとって、駆けだす。暫くして遠くで薪を割るかん、という素敵な音がリズムを刻んで聴こえ始めた。彼はああして自分を律しているのだ、知らない内に、自覚もしない内に。
彼は好物だという癖に、肉を獲る僕のことを野蛮だと責める。
お前の綺麗さとはつまりそういう身勝手なことなのだ、と僕は怒鳴りつけてやりたくて、いつだって堪らなかった。
いっそ彼が女性なら、と思ったことがある。
それならば、僕はきっと彼を可愛がれただろう。憎しみも忘れてそれこそ本物の家族のように。
もしくは本当に血の繋がった兄弟であったならば。同じ境遇の彼を憐れんで、一緒に泣くことも出来たろう。
けれど繋がりもないまま共通点を見付ける度に、僕に沸くのはただの劣等感ばかりで、
何も知らない癖に綺麗なままの彼が、ただただ羨ましくて悔しかった。
これは、僕と彼の物語。
僕と彼のほんのひと夏の物語。
誰かが仕組んだとしか思えない、幻のような日々。
きっと出会わない方が幸せだった、僕らのみじかいみじかい三カ月。
僕は今なら、はっきり言える。
あのなつのひかみさまはたしかにいたのだ、と。
key word 1 : 少年
名前はきっと最後まで明かされない。
明るい茶の髪と、光を含んだ真黒な瞳を持つ。
子犬を連想させる、子供らしい子ども。13歳。
実は背がそれなりある大剣使い。居候中な三カ月。
名前はきっと最後まで明かされない。
明るい茶の髪と、光を含んだ真黒な瞳を持つ。
子犬を連想させる、子供らしい子ども。13歳。
実は背がそれなりある大剣使い。居候中な三カ月。
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